さかなのこい|朗読台本・フリー台本
お願いを聞いて欲しいの。と、人魚の王の末の姫君が魔女を訪ねてくるのは今日がはじめてではない。
尾鰭を使うのが下手くそなときから、この愛らしい人魚姫はおねだりだけは特別上手だったのだ。
しかし、だからと言って、これは仕方ないで聞いてやれるものではない。
魔女にだって出来ることと出来ないことがあるし、出来てもやりたくないことだってある。
「ねぇ、おねがい。わたし彼と結婚したいの」
だからこうして人間の男を両腕に抱えた人魚姫が魔女の家にやってきたとき、魔女はいままで甘やかしてきたことを心の底から後悔したのである。
「大人しく陸に返しておいで。人間共も王子を必死で探しているだろう」
ぷい。と人魚姫が首を横に振る。その姿にため息を吐きながら、魔術で空気の玉をつくり王子を入れてやる。
海の底まで抱えられてきたわりに死んではいないようだ。
「いやよ、彼がわたしの腕に飛び込んできたんだもの」
「船が嵐でひっくり返されただけだろう」
「ちがうわ、わたしを選んだの」
真っ直ぐな目をした人魚姫は、力強くそう答えた。魔女は幼い子供に言って聞かせるように言葉を紡ぐ。
「……いまは私の魔術で空気を与えているがこれもその場しのぎのもの。人間は海では生きられないんだよ」
「だからあなたにお願いしにきたの。ねぇ、お願いよ。彼を人魚にしてちょうだい」
「嫌だよ、嫌だ。人間は人間さ、陸で生きる生き物だよ」
魔女はため息を吐いて首を振った。可愛い人魚姫の頼みでも、聞いてやれないこともある。
「でもわたしは彼がいいの。嫌いになんてならないわ」
「お人形遊びじゃないんだよ。彼が好きなら元の生活に戻しておやり」
ぽろぽろと人魚姫の目から涙が落ちていく。すぐに海に溶けてしまうそれを、拭うために魔女は手を伸ばす。
「だって、だって。わたし恋をしてしまったのよ」
涙を流す人魚姫のそばを色とりどりの魚たちが泳ぐ。
ゆらゆら。ゆらゆら。それは人魚姫のかつての恋人たちだった。